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桜の綺麗な季節。木を見上げてはいつも思い出すことがあります。それは日本の友達がコーンケーンまで遊びにきてくれたときのことです。私と日本人の友達2人はピマーイの遺跡(クメール時代の遺跡。アユタヤの遺跡とはまた一味違います!コーンケーンから3時間バスで南に)が観にいきたくなり、リハビリセンターの友人2人にガイドをお願いして遊びに行きました。遺跡の敷地内はとても広くたくさんの木も生えていました。
そこをブラブラ散歩していた時に日本の友達が「なんでこの人たちはこんなに自然のこと詳しいんだろうね。」といったのです。
言われてみると、リハビリセンターの友達とでかけるとかならず、この木は○○で。この花の種類は...。いつ頃咲くんだよ。という説明を必ずしてくれました。そして時には「ヨウコこれは食べられるんだよ、こういうところが美味しい。」といって食べさせてくれました。そんな時ふと(私の家の庭にはどんな木が生えていて、どんな花がどんな季節に咲いたっけ・・。)と思うことしばし...。全然思い出せない自分に愕然としました。あんなに通勤で毎日通っていた道の花さえも思い出せないんです・・・。コーンケーンの仲間の心の豊かさと生活力と自分の心の余裕のなさを感じてしまいました。いかにいつも「ここ」にいる自分を感じることなく過ごしているのか。景色をみているつもりだけで、常に思考にとらわれているんだなあと。もしかしたらほんとうに美しいものや綺麗なものを見逃していたかもしれないなあと・・・。
つづく
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