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| ドゥック(コンケン県プエノーイスックサー校4年生)はとても体が小さい。初めて会ったときには、「え、本当に4年生(高校1年生)?」とびっくり。タイの学生たちは幼く見えるとはいえ、どう見ても中学1年生。 それもそのはず、ドゥックは飛び級をしていた。今現在14歳。とても聡明な天才・・・いや、芯が強く、高い目標に向けて努力を惜しまない、秀才だ。曇りなく澄んだ瞳が印象的な男の子だ。 11月8日、同校近くに実家があるぴっぱらスタッフのプックは、彼の家を尋ねる機会を得た。先月の奨学金支給以来、約1ヶ月振りの再会だ。そして思いもかけなかった悲しい出来事を聞く。 「お父さんが、死んじゃいました・・・」 震えた声で、ドゥックは語った。 澄んだ目は滲み、涙が両頬を伝って落ちる。 時折、顔を伏せ頬を拭いながら、ドゥックは続けた。 「とても悲しくてとても寂しいです。一家の大黒柱とこんなに早くお別れすることになるなんて、僕も、お母さんも、弟も、そんなこと思ってもみなかった。」 「お父さんのことを思うときは、いつも着ていた服を抱きしめて、見つめてます。寂しさが少しは和らぐから。」 「でも、もうしっかりしなきゃ。僕がしっかりして、お母さんと弟を元気付けないとね。」 近頃、ドゥックの日々の仕事は増えている。お母さんの負担を軽くしようと、いろいろな仕事をこなしているからだ。夕方からは、タピオカ畑にアルバイトに行く。一晩で40バーツ(150円)の収入になる。休みの日など丸一日働くと、100~150バーツ。それでも、父親がいなくなった分の経済的負担は大きい。 突然の大黒柱の死で、生命保険や遺族年金を得られるような家庭は、ここイサーンでは滅多にない。農業従事者や日雇の労働者ならなおさらだ。社会保障が著しく発展した都市部との大きな違いを感じる。そして一国のシステムはそうそう簡単には変化しないのが実情だ。 単に物やお金を与えるのは比較的容易だ。しかし、それはどこまで行っても物質的な支援に留まる。不幸や悲しみに見舞われた人々の心にまで達するには、今までの援助以上の何かが必要になるのだろうと感じる。 我慢強く、親孝行で勤勉なドゥック。将来の夢は、博士過程まで勉強して医者になることだ。 |
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| (マハサラカムオフィススタッフ・プック) | ||||||||||
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